No.22で、本庶教授の開発した免疫チェックポイント阻害薬を用いた新しいがんに対する免疫療法について書きました。今回は、最近のがん治療のもう一つのトピックである遺伝子パネル検査について書きます。
がん細胞は、正常細胞の遺伝子に種々の変異が起こって異常な増殖をするようになった細胞ですが、それらの遺伝子変異に特異的な遺伝子産物が発現しています。近年、幾つかのがんで、このようながん細胞に特異的な物質を標的とする抗がん剤(分子標的薬)が開発されてきました。また、従来の抗がん剤に関しても、がん細胞の持つ種々の遺伝子変異に応じて、効果が異なる場合があることも解ってきました。そこで、個々の患者のがん細胞について、既知の数百の遺伝子変異の有無を網羅的に検査し、遺伝子変異に応じた抗がん剤を選択する「遺伝子パネル検査」が、がんゲノム医療中核拠点病院において試行的に行われてきましたが、この6月には、保険適用が認められる見込みです。従来の抗がん剤治療は、一般に、胃がん、肺がん、乳がんなどの、がんの発生臓器に応じて決められてきたため、個別の患者さんについて、事前に有効・無効を予測することは困難でした。遺伝子パネル検査に基づく治療は、各患者さんのがんの個別的な遺伝子変異に対応して決められるので、高い奏効性が期待されます。ただし、今の時点では、「遺伝子パネル検査」で適合薬剤が見つかる患者さんは10%~20%に限られています。今後、より多くのがん特異的遺伝子変異の発見と、それに特異的な抗がん剤の開発が待たれます。
がんゲノム解析に基づく医療は急速に進歩しており、現在では、患者さん毎の全ゲノム解析データに基づく個別化治療のための研究開発が進んできており、また、新しい免疫療法との組み合わせ治療も臨床段階に入ってきました。私は、長年がん治療に従事してきた外科医ですが、近年のがんの治療技術の進歩は専門の目から見ても驚異的で、2050年までに、がんは現在の結核と同様に、「治る」病気となるのではないか、と期待しています。