1.概要 平成21年2月の有効求人倍率(季節調整値)は0.59倍と前月を下回り、現在の雇用情勢は大変厳しい状況となっています。このような雇用・失業状況のもと、このたび、労働者の生活及び雇用の安定を図るため、雇用保険法の改正案が成立しました。本改正では、非正規労働者に対するセーフティーネット機能の強化や離職者に対する再就職支援機能の強化が主な柱となっています。 具体的には、以下の5つにまとめられます。 (1)労働契約が更新されなかったこと(雇止め)が離職の原因となった有期契約労働者について、受給資格要件を拡大し、給付日数を充実させました。 (2)解雇や雇止めによる離職者について、特に再就職が困難な場合に、給付日数を60日分延長しました。 (3)早期に再就職した場合に支給される手当(再就職手当)の支給要件が緩和され、給付率も引き上げられました。 (4)育児休業給付について、平成22年3月までとされていた給付率引上げの暫定措置期間が延長されました。また、これまで休業中と職場復帰後に分けて支給されていた給付が統合され、給付の全額が休業期間中に支給されることとなりました。 (5)雇用保険料率が平成21年度に限り0.4%引き下げられました。 |
2.期待される効果 雇用保険による給付は、被保険者が定年,倒産,解雇,自己都合などにより離職した場合に、失業中の生活を心配しないで新しい仕事を探せるよう、経済面でのセーフティーネットの役割を果たすことを目的としています。この受給資格を得るには被保険者期間が12か月という要件を充たす必要があり ましたが、いわゆる「派遣切り」など社会問題化している非正規労働者については、雇用期間が短く、被保険者期間の要件を充たさない方も少なくありません。これでは、現下の切迫した労働状況に対応することはできません。 今回の改正は、(1)被保険者期間を緩和し、(2)さらに給付日数も拡大させたので、労働者のセーフティーネットが広がったといえ、求職活動の一助となるものと考えられます。(3)同時に、早期の再就職者には、再就職手当の給付率が引き上げられるなど、求職へのインセンティブを高める効果も期待できます。(4)また、育児休業給付の充実は、職場復帰の意欲を高めるとともに、少子化対策への効果も期待できます。(5)最後に、雇用保険料率の引き下げは、雇用保険料の納付が労使折半であることを考えると、企業側と労働者側双方の負担軽減となり、生活対策、家計応援対策としての効果も期待されます。 |
3.問題点と課題 今回の改正には以上のような効果が期待されるものの、問題点や課題も残されています。 (1)確かに、失業保険等の給付を受ける労働者の適用範囲は拡大されましたが、新たに適用範囲に加わる労働者の数は、厚生労働省の試算によると148万人にとどまるとされ、セーフティーネットとして十分かという疑問があります。(2)また、再就職が特に困難な場合に給付日数が60日分延長されましたが、この期間内で十分な職業訓練や能力開発活動を行えるかも問題です。(3)さらに、雇用保険料率の引き下げについては、21年度に限定されていますが、さらなる景気悪化による失業者数の増加が懸念される中、合理的な理由が見出せるのか、財政基盤の安定を欠くのではないかという疑問もあります。(4)加えて、仮に今後保険料率が上昇した場合、労使折半の雇用保険料を抑制するため、企業側がさらなる短期雇用を行う懸念もあります。 |
4.今後の方向性について 確かに、今回の雇用保険法の一部改正にはまだまだ問題点も多く残っています。しかし、現在の切迫した雇用情勢の下では、少しでも失業して困窮している方々へのセーフティーネットを拡大させなければならないことも事実です。今回の改正が出来るだけの効果を上げられるよう、行政機関に対し適正・迅速な運用を求めていきたいと思います。 ただ、雇用対策は景気対策と表裏をなす問題であり、短期的な政策だけではなく、中長期的な政策や他の社会保障制度との連携など、総合的な政策が重要です。 もともと、こうしたセーフティーネットの拡大については、雇用保険を充実させる方向で考えるのか、生活保護などの別の社会保障の枠組で考えていくのかに関して様々な議論があります。最近のヨーロッパ諸国では、両者の折衷的な立場から、失業給付と社会扶助を統合して就労可能な者に対しては金銭給付をしながら再就職を促していく傾向がみられます。「アクティベーション」と呼ばれるこの政策は、雇用保険による救済よりも、むしろ生活保障を就労可能な者にも及ぼしていく方向性をとるものです。この趣旨を日本の制度に導入することも中長期的な政策としては一考に値すると思います。生活保障を受けながら求職活動ができるため、比較的長期間、職業訓練や能力開発活動を行うことも可能となり、労働者が自分のスキルを武器に再就職先を見つける機会が増えると考えられます。 また、安定した生活基盤の上で再就職先を探すこともでき、求職者に選択の幅が広がります。非正規労働者の常態雇用化を目指すには、本人の意向とともにキャリア形成も重要な意味を持つことを考えれば、むしろこの制度の方が合理的であり、財源基盤を如何に確保するかを含め、前向きに検討していきたいと思います。 |
2009.05.01