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2010.10.15

Topics No.19: 戸別所得補償制度について

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1.我が国の農業・農村の現状 ~制度導入の背景~

農林水産省は、近時、平成21年度の食料自給率について、カロリーベースで前年度と比べ1ポイント下がり、40%になったと発表しました。この数字は、主要先進国の中でも最低の水準となっています。世界的な人口増加や途上国の経済発展、気候の変動による農作物の不作など、世界の食糧事情がひっ迫する中、食料の6割を海外に依存しているのは、食料確保の観点からも大きな問題です。しかし、我が国の農業・農村の現状を考えると、食料自給率を上昇させるのは容易なことではありません。 というのも、我が国の農業就業人口は年々減少しており、平成21年には、約289万人にまで落ち込んでいます。一方で、農業就業人口に占める65歳以上の割合は年々増加しており、平成21年には、約61%となっています。新規就農者数は、ここ数年8万人前後で推移していますが、今後、65歳以上の就農者の多くが引退することを考えると、農業の深刻な担い手不足が懸念されます。既に担い手不足の影響は、耕作放棄地の増加という形で表れ始めており、農業の担い手と耕作地を確保することが喫緊の課題となっています。 このように厳しい我が国の農業の状況を打破するための施策として、民主党は、衆議院総選挙のマニフェストで「戸別所得補償制度」を創設し、農業の再生、食料自給率の向上を図ると主張していました。今回のトピックスでは、民主党農政の目玉政策である「戸別所得保障制度」について検討してまいります。 諸外国の食料自給率(カロリーベース)の比較(2007年)

2.戸別所得補償制度の概要

民主党の政策インデックス2009によれば、「戸別所得補償制度」とは、生産数量目標に即した生産を行った販売農業者(集落営農を含む)に対して、生産に要する費用(全国平均)と販売価格(全国平均)の差額を基本とする交付金を交付する制度とされています。 この制度の背景には、厳しい農業経営の現実があります。安価な輸入作物の国内市場への浸透や需要を上回る生産等により農産物価格が低迷し、この15年間で農業所得は半減しています。これでは次世代を担う後継者、新規就農者の確保は難しく、食料自給率の向上にはつながっていきません。そこで、EUやアメリカと同様、農家への直接支払いの制度を導入し、担い手の保護・育成を図ろうとしたのです。 この制度で補償される農作物としては、米、麦、大豆、飼料用作物などが想定されていますが、平成22年度は、事業の効果や円滑な事業運営を検証するため、まずは米について全国規模でのモデル事業が実施されています(米戸別所得補償モデル事業)。

3.米戸別所得補償モデル事業

平成22年度に先行実施されている「米戸別所得補償モデル事業」は、需給調整に参加している米農家に対して、「定額部分」と「変動部分」について交付が行われる仕組みとなっています。 まず、「定額部分」については、標準的な生産に要する費用と標準的な販売価格の差額相当分として、主食用米の作付面積10aあたり15,000円が全国一律に当年産米の販売価格のいかんにかかわらず交付されることになっています。 また、当年産の販売価格が標準的な販売価格(過去3年平均)を下回った場合には、その差額をもとに交付単価を算定し、これに作付対象面積を乗じた金額が「変動部分」として交付されることになっています。 この制度のメリットについて農林水産省は、農家間の不公平感の解消を挙げています。すなわち、これまでの生産調整は、農業者にとって米の作付面積の削減を指示されるものでしたが、参加・不参加自体は任意でした。そうすると、生産調整に参加する農家の努力によって米価が維持されているのに、結果として非参加農家もいわば「ただ乗り」をしてその安定した米価の恩恵を受けることになり、不公平であるという指摘がなされていました。当該モデル事業の導入後は、需給調整に参加した農家だけが米の所得補償を受けられるようになり、不公平感が解消されると農林水産省は説明しています。  

4.問題点

経営基盤の安定により担い手を確保し、農業と地域を再生して食料自給率の向上を図ろうとする戸別所得補償制度ですが、問題点も数多く指摘されています。 (1)そもそも、我が国の農業、農家をどう成長させるか、どのように強くするかという視点に欠けるとの指摘があります。自民党政権下では、我が国の農業を強化するためには、効率的経営が可能な大規模層を育てる構造改革が必要であるとの認識から、大規模で営農意欲のある担い手を支援の対象とする政策を打ち出していました。 これに対し、民主党政権は、対象農家について、「米の生産数量目標に即した生産を行う販売農家」とし、小規模・兼業農家を含めた広範囲な担い手を支援対象としています。しかし、小規模・兼業農家でも補償を受けられるため、別の農家に貸していた農地を返してもらった上で耕作を再開する例(いわゆる「貸しはがし」の事例)が見られるなど、農地の集約化の流れに逆行するとの声もあがっています。どのように生産性を高め、我が国の農業を強くしていくのか、丁寧な説明が政府には求められています。   (2)(1)に関連して、広範囲な支援対象に全国一律の単価で交付されるため、子ども手当て同様のバラマキ政策であるとの指摘があります。また、全国一律ということについては、我が国では、地域によって農業経営や生産構造、品目ごとの需給問題などが異なることから、一定の国境措置や地域裁量を設けるべきという意見もあります。   (3)次に、対象となる農作物の範囲についても議論があります。とりわけ野菜・果樹・茶を戸別所得保障制度の対象とするのかについては、国会審議の中でもたびたび取り上げられているテーマです。 確かに、カロリーベースの食料自給率を向上させるという目的に着目すれば、野菜・果樹・茶は、カロリーとの関係が薄いため対象の範囲には含まれないことになりそうです。  しかし一方、農家の経営基盤を安定させ担い手を確保するという点に着目すれば、野菜・果樹・茶も戸別所得補償の対象となりえます。戸別所得補償制度では、対象農家は広く、対象作物はせまく捉えられています。そうすると、農家にとっては、耕作・栽培している農産物が対象作物であるかどうかがセンシティブな問題となります。対象作物をめぐる農家の不公平感をどのように解消するか、対象作物の範囲が拡大される来年度以降ますます重要な課題となってきます。   (4)さらに、政策効果として、大規模農家と小規模・兼業農家とで大きな差が生じ、大規模農家に有利に作用する制度になっているとの指摘もあります。すなわち、大規模農家では、補償額は数百万円になるとも試算され、経営体質強化のための投資に活用できるのに対し小規模・兼業農家では、補償額は十数万円程度と試算され、生活費等に充てられることや、さらなる米価の下落が進めば、少額の補償では救済できないなど、小規模・兼業農家への政策効果が不十分であると批判されています。   (5)この他、財源の確保の点も問題です。平成23年度からは、米の他に麦、大豆、てん菜、でん粉原料用ばれいしょ、そば、なたねにも対象となる作物の範囲が拡大します。そのため、平成23年度予算の概算要求で、農林水産省は、戸別所得補償関係について関連経費を含めて1兆円規模を計上しました(平成22年度の当初予算は5618億円)。 今後も対象作物の範囲が拡大すれば財政負担が増加します。また、本年度のように米の戸別所得補償だけを考えてみた場合でも、予算の積算以上に米価の大幅な下落が起これば、想定外の財政的な手当てが必要になる場合もあります。安定的な財源をどのように確保するのか、政府の説明が求められています。

5.まとめ

戸別所得補償制度には、上述のような様々な問題点があり、制度の是非を考える上でも、今年度に実施されているモデル事業の検証が不可欠です。平成23年度からは米以外の作物でも戸別所得補償制度の導入が予定されているため、今年度の検証を早急に進め、議論を深める必要があると思われます。