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2012.03.15

Topics No.20: 環太平洋経済連携協定(TPP)について

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1.はじめに

2011年11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議において、野田総理が環太平洋経済連携協定(TPP)交渉参加へ向けて関係国と協議に入ることを表明しました。TPPへの参加の是非は、その結果が日本の経済・社会の各分野に大きな影響を与え、将来を大きく左右するものと予想されることから議論を呼んでいます。今回はTPPについて考えてみたいと思います。

2.TPPとは

TPPとは、アジア太平洋地域に位置する参加国の間で、貿易・投資の自由化、各種経済制度の調和等を行うことにより、参加国相互の経済連携を促す貿易自由化協定(Free Trade Agreement: FTA)の一種です。 TPP交渉には、ニュージーランド、シンガポール、チリ、ブルネイ、米国、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアの計9か国が参加しています。2012年3月までにTPP交渉は11回の会合が行われています。2011年11月のAPECでは、日本、カナダ、メキシコの3か国が新たに交渉参加の意向を表明しています。 日本、カナダ、メキシコの新規交渉参加に際しては、現交渉参加国全ての承認が必要となります。手続きに最も多くの時間を要すると考えられる米国からの承認が得られ、日本が交渉に参加できるのは、早くても2012年の春か夏頃になると見られています。 TPPは現在も交渉中であり、条文案なども公開されていないことから、その正確な全貌を把握することは困難で、不明な点も多数有ります。政府が交渉参加国から収集した情報により、TPP交渉では21の分野について24の作業部会が設置されており、それぞれにおいて交渉が行われていることが判明しています(表 参照)。
表 TPP交渉の21分野と日本への影響
交渉分野 主な内容 日本への影響
メリット デメリット
物品市場アクセス 関税撤廃・引下げ 輸出活性化 国内農産品の関税撤廃の可能性あり
原産地規制 関税撤廃・引下げの対象基準 貿易実務の円滑化 原産地証明制度の変更で新たな体制構築の必要が生じる可能性あり
貿易円滑化 貿易手続きの簡素化 貿易手続きの簡素化で貿易促進 特になし
衛生植物検疫 食品安全や検疫基準 特になし 検疫水準低下の可能性あり
貿易の技術的障害 製品の安全規格基準 協議機関設置で問題解決の加速化 遺伝子組換え植物の表示が消える可能性あり
貿易救済 セーフガードの発動条件 日本に有利な特定品目を保護できる可能性あり 発動条件厳格化の可能性あり
政府調達 公共事業の発注ルール 日本企業による海外の公共事業への参入促進 外資による日本の公共事業への参入促進
知的財産 模倣品・海賊版の取り締まり 日本企業の知的財産権保護強化 新基準導入による特許制度変更の可能性あり
競争政策 カルテル等の防止 公正取引委員会と他国当局との協力促進 国内制度との整合性が問題となる可能性あり
越境サービス サービス貿易の自由化 自由化分野拡大の可能性 ルール変更による国内法改正の可能性あり
商用関係者の移動 商用の入国・滞在手続きの簡素化 商用関係者の海外渡航が容易になる可能性あり 特になし
金融サービス 国境を越える金融サービス提供のルール 日本の金融サービスの海外展開促進 簡保や郵貯に影響が生じる可能性あり
電気通信サービス 電気通信事業者の義務 途上国の規制緩和で日本企業の進出促進 判断できず
電子商取引 電子商取引のルール・環境整備 日本企業にとって電子商取引の環境整備 新たな規定による国内制度変更の可能性あり
投資 外国投資家への差別禁止 他国の規制緩和で日本企業の投資環境改善 ISDS条項により投資家から日本が訴えられる可能性あり
環境 貿易・投資促進のための環境規制緩和の禁止 環境で先進的な日本企業の競争力強化 漁業補助金やサメ漁が問題となる可能性あり
労働 貿易・投資促進のための労働規制緩和の禁止 不当な労働条件で生産された産品との競合防止 特になし
制度的事項 協定運用に関する協議機関の設置 日本企業のビジネス環境改善の可能性あり 特になし
紛争解決 協定解釈の不一致等による紛争の解決手続き 特になし 特になし
協力 協定合意事項の履行体制が不十分な国への支援 途上国での人材育成は日本企業のビジネス環境整備につながる可能性あり 特になし
分野横断的事項 複数分野にまたがる規制による貿易への障害防止 議論が収斂しておらず、 今後の議論を見極めて検討する必要あり
日本への影響(メリット/デメリット)は政府による見解をまとめたもの。
  TPPの主な特徴としては、物品貿易の自由化水準の高さが挙げられます。TPP交渉を主導しているとされる米国が過去に締結したFTAの自由化率は概ね95%以上と非常に高く、TPPにおいても、高い自由化率は基本的に維持されると考えられています。一方、日本がこれまで締結してきた経済連携協定(EPA)の自由化率は85%前後です。日本のEPAにおける関税撤廃の例外品目の多くは農林水産品であるため、TPPに参加した場合、これらの品目の関税撤廃を求められる可能性が高いことが想定されます。 内閣府によれば、TPP参加による経済効果は、概ね10年間で実質GDP2.7兆円増加と試算されています。

3.TPPの論点

2010年にTPPが政策的な論点として浮上した当初から、TPP交渉参加を巡って賛成論、反対論が激しく対立してきました。 TPPはその性質上、外に対して攻めることが可能な自動車・電機等の輸出産業には有利で、安価な輸入品が流入してくると想定される農業などの産業には不利な構図を作ります。そのため、当初は輸出型産業と農業を対立軸に据える議論が目立っていました。しかし、TPPには関税撤廃以外にも論点があり、現在では様々な分野において議論が行われています。2つだけ例を挙げてみます。 i)ISDS条項(Investor-State Dispute Settlement条項) ISDS条項は、投資受入国が規定に反する行為を行ったことで、投資家が被害を被った場合、投資家は投資受入国を相手取り、当該紛争を国際的な仲裁機関に付託することが出来ると規定しています。投資受入国の違反が認定されれば、投資受入国は投資家に対し、金銭などによる賠償を払わなくてはなりません。 ISDS条項は、日本企業の海外投資を守る武器になる一方で、日本政府が外資に訴えられるリスクにもなるため、TPP交渉参加にあたってはこれらの得失の正確な評価が必要です。 ii) 医療分野におけるTPP交渉の内容と現状 これまでの米国政府の対日要求に医療の市場化に関係する事項が含まれていることから、医療関係団体を中心にTPP交渉参加に対して慎重な意見が広まっています。論点は概ね4つに収斂されています。 a) 営利企業による医療機関の経営 反対派の意見:営利企業による医療機関の経営が容認されると、医療機関に利益追求の側面が強まり、コスト削減による保険診療の質の低下を招き、不採算の診療部門の縮小や過疎地からの医療機関の撤退などが行われ、地域医療の崩壊する。 推進派の意見:医療技術の向上には投資が必要であり、株式などの形で医療機関が資金を調達しなければ投資が進まない。 b) 混合診療の全面解禁 反対派の意見:医療機関が利益追求のため高所得者のみが受診可能な自由診療を拡大すれば、やがて通常の保険診療と共通する部分に公的医療保険の適用(混合診療の全面解禁)を求める圧力が強まる。公的医療保険の財政状況が厳しい中、一旦、混合診療の全面解禁が行われれば、最先端の医療や新薬が保険診療の給付対象に収載されないままとなりかねず、国民皆保険制度が縮小・崩壊する。 賛成派の意見:競争を通じた医療レベルの向上が期待できる。政府は国民皆保険制度を守ることを表明している。 c) 医師・医療関係者の相互承認 反対派の意見:医療関係者の国際移動が進むと、優秀な人材が一部の地域・医療機関に集中する。また、外国人看護士、介護士が流入すれば、賃金が上がらず、専門性の担保が困難になる。 賛成派の意見:政府が外国人医師に対し、日本語による試験を課さずに医療行為を許容する可能性は低い。外国人介護士の導入は慢性的マンパワー不足解消のひとつの方策。 d) 医薬品・医療機器へのアクセス向上と特許権の強化 反対派の論点:新薬の特許権の強化や、薬価制度が通商上の障壁とみなされて価格規制の緩和が行われると新薬・新医療機器の価格が上昇し、患者負担と公的医療保険財政の悪化が引き起こされる。 賛成派の論点:承認の迅速化などにより、新薬・新医療機器へのアクセスが向上し、ドラッグラグ・デバイスラグが解消する。特許権の強化は、日本発新薬の特許の保護にもつながり、我が国の製薬業界に恩恵をもたらす。

4.TPP交渉の今後の見通し

TPP交渉参加国は、2012年内の交渉妥協を目指しており、年内には少なくとも5回の会合が開かれる予定です。しかし、様々な分野をカバーするTPPは元来交渉が難しい上、日本、カナダ、メキシコが新たに加わることで交渉はより複雑化し、長期化するとの声も多くあります。もし交渉が長期化するのであれば、日本にとっては条文作成に関与できる余地が大きくなると考えられます。

5.終わりに

TPPの交渉参加については、まずは、政府が十分な情報収集と情報開示を行うべきであり、その上で、国際化が進む中、我が国の産業をいかに守り成長させていくか、長期的な視点に立った国民的議論が不可欠です。現段階では、TPPのプラス面、マイナス面について余りにも情報が不足しており、性急な参加は危険です。広域経済連携はTPPだけではありません。ASEANと日本、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランドの16カ国による広域貿易圏形成に向けた取り組みが始まっていますし、FTAの様に二国間での経済連携協定と広域の経済連携を戦略的に結びつけていくという視点も大切です。我が国の国益やプレゼンスを向上させるにはどのような経済連携のあり方がよいのか、政府は幅広く情報を収集・開示し、国民的な議論を経た上で我が国の進路を決定すべきです。
※国立国会図書館 ISSUE BRIEF第735号を参考にしました。