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2014.11.06

Topics No.26: エボラ出血熱の流行と対策について

2013年12月にギニアで始まったエボラ出血熱の流行は、収束の気配を見せず拡大を続けています。感染はリベリア、シエラレオネ、マリ、ナイジェリア、セネガル、スペイン、アメリカへと拡大し、2014年10月29日現在、13,567人の感染者、4,951人の死者をだす事態となっています(1)。極めて致死率の高い感染症がこれだけの規模で流行したことは過去に例がなく、鎮圧に向けて世界的な取り組みが行われています。

〇エボラ出血熱とは

エボラ出血熱はエボラウイルス属のウイルス(以下、エボラウイルスとします。)の感染によっておこります。感染したエボラウイルスは全身で活発に複製・増殖し、細胞を傷害していくことに加え、免疫機能に関わるサイトカインの産生に異常を起こすことで重篤な症状を引き起こします(2)

エボラ出血熱の症状

エボラウイルスの感染後、2~21日間の潜伏期を経て発熱、頭痛、筋肉痛、のどの痛み、嘔吐、下痢、発疹などが臨床症状として現れます。これらはインフルエンザなどでも一般的に見られる症状なので鑑別には注意が必要です。出血症状は必ずしも見られるわけではありません。ウイルスの種類や発生地の医療環境等にも影響されますが、致死率は25%から場合によっては90%程になることもあります(表1)。

(表1)過去流行したエボラ出血熱の致死率

ebola_fatality

 

エボラウイルスの感染様式

エボラウイルスの流行は、人から人へのウイルスの伝播によって起こります。感染者の血液や分泌物にはエボラウイルスが含まれ、それに触れることで小さな傷や粘膜から体内へウイルスが侵入し感染が成立します。患者に接触する機会のある医療従事者は特別な注意が必要となります。医療従事者は防護服を着用するなどして対策を行っていますが、二次感染を防ぐことはできていません(表2)。医療設備の整っているスペインやアメリカにおいても医療従事者への二次感染が起こっている事実は、日本への侵入時の対応を考えるうえで直視しなければなりません。

(表2)医療従事者のエボラウイルス感染

医療従事者感染

 

エボラ出血熱の予防・治療

エボラ出血熱に対する有効なワクチンや治療薬はまだありません。感染者に対しては対症療法によるケアが行われています。エボラウイルスは変異が遅いため(同じRNAウイルスであるインフルエンザウイルスと比べて変異速度が100倍遅いとされています(4)。)、ワクチンによる予防戦略は現実的であると思われます。現時点で2種類のワクチン候補で臨床試験が進められています(3)。また、抗インフルエンザウイルス薬として承認されているファビピラビル製剤が、その標的タンパク質(RNAポリメラーゼ)の構造が類似するエボラウイルスに対しても効果があるのではないかと考えられ、エボラ出血熱患者に対して緊急的に投与されています。他にもいくつか治療薬の候補とされるものがありますが、効果の判定は今後の臨床試験の結果を待つ必要があります。

 

〇エボラ出血熱対策の取り組み

我が国のエボラ出血熱対策は主に、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(以下、感染症法とします)と、検疫法に基づいて行われています。

海外からの入国者・帰国者への対応(5

検疫ブースなどで、すべての入国者・帰国者に対して、症状の有無に関わらず過去21日以内に発生国の滞在歴を自己申告するよう呼びかけるとともに、サーモグラフィーによる体温測定の実施を行っています。

発生国への滞在歴がある人への対応は次のとおり行われます。

①38℃以上の発熱に加え、激しい頭痛、関節痛、筋肉痛、胸痛、腹痛、嘔吐、下痢、食思不振、脱力、原因不明の出血がある

②到着前21日以内にエボラ出血熱患者(疑い患者を含む)の体液等との接触歴がある、もしくは到着前21日以内にコウモリや霊長類等との接触歴がある

①Yes ②Yesの場合 → エボラ出血熱が疑われるときは、隔離の措置がとられます。

①No   ②Yesの場合 → 最大21日間の健康監視が行われます。

※当分の間、ギニア、リベリア、シエラレオネに渡航・滞在していた者については、エボラ出血熱患者の体液等との接触歴があるとみなされ、健康監視の対応がとられます。

 

入国後に発熱などの症状が見られた場合の対応(6)

ギニア、リベリア、シエラレオネからの入国者・帰国者に、発熱の症状が見られた場合、エボラ出血熱を疑う患者を入院させることができる医療機関へ自治体による移送が行われ、入院の勧告や措置が行われます。

(表3)エボラ出血熱患者を入院させることができる医療機関

医療機関

 

海外渡航者が注意すべきこと

帰国の際は、エボラ出血熱の発生国への渡航歴を必ず申告してください。流行国からの帰国後、1カ月程度の間に発熱などの症状が見られた場合は、万一の場合を疑い、地域の医療機関を受診することは控え、保健所へ連絡し指示を受けてください(8)

ひとたび感染症が発生した場合は、迅速な初動対応により拡大の防止をはかることが重要となります。そのためには、感染者を早期に見つけることが必要です。流行国からの帰国者は、万一の場合を考え、適切な対応を心がけてください。

 

より万全な感染症対策の実現にむけて

エボラウイルスは、「ヒトあるいは動物に感染すると重篤な疾病を起こし、感染者から関連者への伝播が直接または間接に起こり得るもの。通常、有効な治療法、予防法がないもの。」として最大限その取扱いに注意を払わなければならない病原体に分類されています(9)。エボラウイルスを扱うためにはバイオセーフティレベル4(以下、BSL4とします。)に分類される高度封じ込め実験室が必要ですが、現在、国内で稼働しているBSL4施設はありません。そのため、万一、国内でエボラ出血熱が発生した場合にも、そのウイルスを分離して確定診断を行うことができません。また、エボラ出血熱の治療薬等を開発するために必要な基礎研究を行うことも出来ない状況です。エボラウイルスの国内への侵入等により万全に備えるため、BSL4施設の稼働は必要であると考えられ、実際に、日本学術会議からその趣旨の提言がなされています(10)。私もBSL4施設の早期稼働に向けて取り組んで参ります。

 

〇これからの感染症対策

かつて、種々の感染症は人類にとって最も脅威となる病気でした。その後、ワクチンや抗生物質の開発、公衆衛生の向上等により、我が国をはじめとした先進国においては、感染症は怖くないものとして認識されるようになりました。しかし、今なお途上国においては感染症により多くの人が死亡しています。また、これまで知られていなかった感染症(新興感染症)の出現や、特定地域の風土病だった感染症が世界的に拡大してしまう事態は、今後も人類の脅威となり得ます。

感染症対策においては、感染の拡大を防ぐため、患者の人権を制約しなければならない場合があります。それはひとつ誤れば患者の人権を不当に侵害することになります。かつて我が国は、ハンセン病患者に対する隔離政策で大きな過ちを犯しました。その反省から、現行の感染症法には「人権を尊重」することや、人権を制約する措置を実施する場合には「必要な最小限度」にすることが明記されています。

政府には、感染症患者の人権を尊重しつつ、公衆衛生の向上をはかる責務があります。そして、国民にも、感染症に関する正しい知識を持ち、その予防に必要な注意を払うよう努めるとともに、万一の際は冷静に対処することが求められるのです。

 

 

(1) WHO Ebola response roadmap situation report (31 October 2014)

(2) Harrison’s principles of internal medicine Chapter 197

(3)  WHO Ebola virus disease fact sheet (September 2014)

(4)  Suzuki Y and Gojobori T. The origin and evolution of Ebola and Marburg viruses. Mol. Biol. Evol. 14(8):800-806. 1997

(5)  厚生労働省 アフリカにおけるエボラ出血熱発生への対応について(平成26年10月24日 健感発1024第1号、食安検発1024第1号)

(6)  厚生労働省 エボラ出血熱の国内発生を想定した行政機関における基本的な対応について(平成26年10月24日 健感発1024第3号)

(7)  厚生労働省 感染症指定医療機関の指定状況

(8)  厚生労働省ホームページ 塩崎恭久厚生労働大臣からエボラ出血熱に関するメッセージ

(9)  国立感染症研究所 病原体等安全管理規定

(10)  日本学術会議提言 「我が国のバイオセーフティレベル4(BSL-4)施設の必要性について」(平成26年3月20日)